「大型契約を結ぶと人は静かになる?カウボーイズと経営学から学んだ“正解のない報酬論”」
- teru44

- 2025年12月30日
- 読了時間: 3分
なぜ「報酬」で人を動かすのは、こんなにも難しいのか
どうも、輝です⭐︎
正直に言うと、自分の報酬のことを考えるのは、あまり気持ちのいいテーマではありません。
でも、避けて通れないなと思い、今回はあえて言葉にしてみました。
最近、あるYouTube動画をきっかけに、
「社長の報酬」や「インセンティブ設計」について改めて考える機会がありました。
会計学・経営学の専門家が語っていたのは、非常にシンプルで、しかし重たい前提です。
人は合理的であればあるほど、サボる。
これは人格の問題ではなく、構造の話だという点が強く印象に残りました。
大型契約が必ずしも成果につながらない理由
この話を聞いて、真っ先に思い浮かんだのが
NFL、特にダラス・カウボーイズの事例です。
大型契約を結んだ直後からパフォーマンスが下がる選手。
怪我が続き、期待された働きができなくなるケース。
エゼキエル・エリオット、トレイボン・ディグス、そしてマイカ・パーソンズを巡るフロントとの緊張関係。
これらは単なる個人の問題ではなく、
固定給を厚くすればリスクはチーム側に偏る
成果報酬に寄せれば不満や対立が生まれる
という、報酬設計そのものが抱えるジレンマを如実に表しています。
ファンとしては、「なんでこうなるんだ…」と何度も思ってきました。
でも最近は、感情論だけでは片づけられない構造の問題なんだと感じています。
経営学が示す「正解のない沼」
経営学では、人は努力よりも
「自分にとって最も得な行動」を選ぶ存在として捉えられます。
固定給では、最小限の労働が合理的
成果報酬では、成果の“見せ方”に注力してしまう
監視を強めても、
「では誰が監視者を監視するのか?」という問題が残る。
結局のところ、
完璧な報酬設計は存在しない
というのが、現時点での学問的な到達点です。
この問題は、他人事ではない
正直に言えば、自分の報酬が「適切なのか」は、今もはっきり答えが出ていません。
だからこそ、発信することで、自分自身の思考も整理していきたいと考えています。
つまり、
「評価される側」であり
「評価する側」でもある。
だからこそ、
NFLの事例も、経営学の理論も、すべて自分の問題として突き刺さりました。
現場に置き換えると、もっと難しい
実際の組織運営では、
真面目で一生懸命だが、成果につながりにくい人
優秀だが、コストや周囲とのバランスが難しい人
こうしたケースに日常的に向き合うことになります。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。
どうすれば力を発揮しやすい環境をつくれるか
その問いに、経営者は答え続けなければならないのだと思います。
正解はなくても、向き合い続ける
報酬や評価は、組織を動かすための一つの手段に過ぎません。
しかし、それが簡単ではないことは、理論も現実も示しています。
正解を急がず、
数字だけで割り切らず、
対話と納得感を重ねていく。
それは遠回りに見えて、
実は一番誠実な経営なのかもしれません。
私は今、まだ試行錯誤の途中にいます。
発信も、報酬のあり方も、組織づくりも、どれも完成形ではありません。
それでも、ダラス・カウボーイズの失敗や、経営学の議論を通して感じたのは、
「考えることをやめない姿勢」そのものが、経営者の責任なのだということでした。
正解はなくても、逃げない。
そのスタンスだけは、これからも大切にしていきたいと思います。
ドラムも、仕事も、結局は「答えのない中で続けること」なのかもしれません。
信じるか信じないかは、私次第です!(そりゃそう)
P.S.
本記事で触れた「組織づくり」については、
会社ブログでも少し違った視点でまとめています。




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